壬戌羇旅漫録巻の上 2
大井水漫漫タラン
    [三] 雨中うちうの不二
十日の夜より雨ふりて。三嶋(みしま)。沼津(ぬまづ)。原(はら)。よし原。岩淵(いわぶち)。薩陀(さつた)山の間。
一日も冨士を見ず。府中逗留の間も。また士峯(ふじ)を賞するによ
しなし。
    われに句なし山に不二なし五月雨
    [四] 農男のうをとこ 附龍華寺
駿府の人の説に。冨士にて四五月のころ。たん??雪のきえ
のこりたるが。寶永山(ほうえいさん)の方。凹(ナカクボキ)ところに。人の形のことく雪の
のこることあり。これを農男と称す。この残雪見ゆるとしも
あり。また見えざるとしもあり。田子の土人といふ。農男見ゆる
年は必ず五穀(ごこく)熟(じゅく)す